![]() |
トップページ | 散歩道 | 歴史資料館 | 写真館 |
| コラム | 体験レポート | インフォメーション |
| 筆者:o2-某 |
| 平成13年5月 |
| 辞世の句 |
|
さて、さて中小零細企業の事業主の皆さん、お元気ですか? 不況、赤字、廃業、と暗い話題の中で、ますます縁起でもないとおっしゃらずに 五十路を越えたら、辞世の句です。今まで生まれてきて、死ななかった人はいないのです。成功した方も、そうでない大多数の方々も。むしろその様に考えた方が楽ですし、残る人生に再度挑戦の気概も湧くと言うものです。 そこで唐突ですが、先人の言葉をどうぞ。 まず旧約聖書ヨブ記から『我、裸にて母の胎を出たり。又、裸にて、かしこに帰らん。神与え、神取り給うなり。神の御名はほむべきかな』 家庭、経済とも大変恵まれていた主人公ヨブが突如として全てを失った時の言葉 松尾芭蕉:『旅に病み、夢は荒野を駆け巡る』 ここには迫り来る死に対して、どろどろした恐怖感がありません。それに押し付けがましい人生回顧もなく、淡々とした所が大変良い。・・・多分ある年齢にならんことには、解らん感覚だと思う。 この世の生に対する未練、哀愁、感慨の押し付けなしです。 ”男は黙ってサッポロビール”:……チョット古いですね。 または唐lyWay♪(フランクシナトラ)を歌わない・・・ 晩年に、人は自分の人生の回顧を残したくなるものです。宴会のカラオケで おっさんは必ず”マイウエイ”を歌います(自分で歌が上手いと考えている人が特に)。是も上記のことと関係があるのではないかと私は密かに考えています。 (実を申しますと、小生も美空ひばりの”川の流れのように”と中島みゆきの“時代”という歌が大好きです。今歌うことはしないので、ご安心下さい)
西行法師:『願わくば、桜の下にて春死なむ、その如月の望月の頃』 ・・・初春の山里、満開の夜桜の下、名月をめでながら 一人で死んでいきたい。 (おとうちゃんカッコイイ!) これ、まさにロマンチシズムの境地・・・西行法師には申し訳ないが 実際の死はこんな甘いものではないことは承知の上です、お互いに。
豊臣秀吉:『露と落ち、露と消えにしわが身かな、難波のことは、夢のまた夢』 ・・・哀愁:未練がいっぱい この詩は前出より少々レベルが落ちる?。一介の水呑百姓から、天下人になっ 秀吉も後半生は朝鮮出兵(慶長、文禄の役)で完敗し、小牧長久手の戦いで 東軍(家康)の実力を知り、武力による全面対決では彼にかなわないと感じ、 常に家康の存在を意識するようになる。晩年になって側室淀君(茶々姫:浅井 長政と信長の娘との間にできた三姉妹の一番下、そしてこの信長の娘が、戦国 時代の政略結婚で波乱万丈の人生を送りながらも、確固とした自分の信念を持ち 最終的に九州の戦国大名細川家に嫁いだクリスチャン:細川ガラシ夫人その人 です)との間にできた世継 秀頼を溺愛し、豪華絢爛な聚楽第を建設し、醍醐の 花見を催したりして、いわゆる普通の成金の好々爺になってしまったのです。 ※彼は本能寺の変で殺されたので、辞世の句を作っている間なかったでしょう。 従ってこれは、当方の勝手な引用であります。又彼は、変革期に時代が生み出すヒーローです。旧制度の創造的破壊者です。これにはコメントできません。 国体護持、萬世一系、皇国史観…言葉としては知っておりますが、賛美はしません。しかし、今日の軽薄幼短(幼くて短絡的)のジベタリアンを目にしたとき、この詩は良識ある者の琴線に触れるものです。(『嗚呼、我も既に熟年者?!』) 死刑執行について (聞いた話です。確認はしていません・・・為念) 刑が確定した囚人は”懲役”または”禁固”がその刑の執行にあたるので 刑務所に拘禁。しかし死刑は執行に時間的長さ(即ち期間)がないので 未執行の状態・・・ゆえに拘置所に留置されるのだそうです。 絞首刑台の床が開くスイッチを5人で同時に押す。しかし通電している線は1本だけ。5人の中4人は絞首刑執行の実行者ではないとの自己弁護可能なようにとか。即ち、皆んな『自分ではないと』と自分自身に弁明することが出来るようにとか。同じように銃殺刑では一丁だけ空砲のライフルが備えられていて、5人のうち5人とも自分の銃が空砲であったと自分を弁護する可能性を残すことが出来るようにしてあるそうです。 ある看守の経験がある方から聞いた話。死刑執行まじかの会話。 最期に何が食べたい? 何がしたい?との看守の問いかけに対して 死刑囚は“別れの一本杉”(春日八郎)を大声で歌いたいと言ったとか。 ”泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ、 あの娘と別れた淋しさに、山のカケスも ・・・・・・・ そこ居合わせた皆が、大泣きに泣いたそうです。 私もこの話を聞いて大いに感動しました。 蛇足的連想ですが:Green Green Grass Of Homeと言うアメリカの歌(思い出のグリーングラス)をご存知ですか?・・・これも死刑囚が牢獄で作詞か作曲したものでそうです。 AsI step down from the train・・・ 子供の頃に遊んだあの樫の大木、父と母、 懐かしい故郷の人々が挨拶をしてくれる、 そしてかつての恋人メアリー (With golden hair, with lips like cherry ) が手を振りながら走って迎えに着てくれる。・・・・・確かそんな歌詞であったように思います。これを独房の死刑囚が作詞したというところに感動を覚えます。 死刑囚山口トオルの辞世の句: 『罪の身は、浮世のちりとなりぬとも、心は清き神の都へ』 目隠し、後手にくくられ、首にロープを巻かれるため絞首刑台の階段へ 向かいつつの”万歳”であります。天国への凱旋であります。 これもやはり聞いた話で申し訳ありませんが、刑の執行を宣言された多くの死刑囚は動転してしまって、通常両側の看守の支えなしには歩けないそうです。死刑執行宣言後の一首とは如何にも武士(丈夫)たる気概を感じさせますが、絶望の先にあるものへの確信に満ちた希望が彼をしてそう言わしめたことは確かです。 確固とした信仰が日本的表現(大和魂的)形態をとったところに不適当な言い回しかも知れませんが、男の美学を感じます。 因果応報、善因善果・悪因悪果、勧善懲悪、の世界では決してありません。
『人生不可解なり』と言うほど真摯に生きているわけではありません。 『グッバイ』というほどひねくれてもいません。 『皆さん、大変お世話になり心から感謝いたします』がやはり定番ですが、 少々、オリジナリティに欠けると感じる諸氏は、日本の誇るべき文化の一つ 短歌は如何ですか? 晩節を弄ぶのでは決してありません。その時を忌み嫌うより、抱き込みましょう、少々の余裕のあるうちに。 |
| ご質問・情報提供・その他なんでも以下のアドレスまで。 nkk@mail.infomart.or.jp |